神道的生活〜神道とは生きることと見つけたり

神道とは、人生を充実させることと見つけたり

「日本は神の国」は、日本の優位性や道徳的正しさ(正義)などの排他性を表しているものではなないです。

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「日本は神の国である」と発言し、森喜朗内閣が総辞職に追い込まれてから20年になります。

 

さて、今でも「日本は神の国、神国である」という言葉を聞きますが、なんだかおかしな使われ方をしているようです。

ニュアンスとして、「日本は神の国だから、他の国よりも優れている」「日本は神国だから正義である」という文脈で使われることが多いと感じます。

 

ここで断言をすると、日本が神国だからといって、他の国に対して優越性があるわけでも正義であるわけでもありません。

 

 

「日本は神国である」という言葉の本来の意味は2つある!

日本は神国であるという言葉には、2つの意味があるのです。

 

①日本は天照大御神の「天壌無窮の神勅」を元に、天孫である皇室が統べる国である

② 日本には八百万の神がおり、全てのものを神として崇める国である

 

上記の2つは、その文脈ごとによって意味が違ってきます。

決して「日本は他の国よりも優れている」ことを表すための言葉ではないのです。

 

上記の詳細は別記事をご参照いただければと思います。

 

ここで大切なのは、なぜ「神国」という言葉が、日本の優位性を表現する言葉になってしまったのでしょうか。

 

西洋の絶対神「GOD」の考え方と、日本の八百万の神の考え方を混同しない

 

「日本は神国、神の国である」という言葉を聞いて「日本は他国よりも優れている」 

ととらえてしまう人は、残念ながら日本的な神様観を持っていないのだと思います。

どちらかと言うと、キリスト教イスラム教よりの神様観を持っているのかなぁ。。

 

キリスト教イスラム教などの一神教には、「宇宙の最高者」である絶対神がいます。

Yahweh(ヤーウェ)やアッラー、GODなど呼び方は様々ですが、「宇宙の支配者」「万物の創造者」であり、一神教徒にとっては唯一であり最高のルールな存在なのです。

 

一神教徒が「神の国」と聞いて想像するものは、

・神が作った国であるからすべては絶対的正義であり、悪は滅ぼされる

唯一神に認められた民=他の国に優越する民が住む国

・神が支配する理想郷

といったものでしょう。

 

つまり、神の国(自国)とそれ以外の国(他国)を分けて考え、さらに他国は自国(神の国)よりも劣っているという考え方ですね。

 

例えば、アブラハムの宗教(キリスト教ユダヤ教)の概念に最後の審判というものがあります。

 

ユダヤ教

裁き主なる神が直接人間の歴史に介入し,その義を顕してイスラエルとすべての民族を裁き,神の国を始めると信じられた。

キリスト教

神はみずからその子イエス・キリストに「裁きを行なう権威」(ヨハネ福音書5・27)を与え,イエスを通して「義をもってこの世界を裁くためその日(主イエス・キリストの日)」(使徒行伝17・31)を定めたと説く。審判を通しての救いの完成がいっそう明確に強調され,死者は朽ちざる者として復活すること,すなわち永遠の生命にあずかることによって死を克服し,神の国を継ぐという秘義も告げられている(マタイ福音書25・31~46ほか)。

引用:最後の審判(さいごのしんぱん)とは - コトバンク

 

一神教の宗教では、選ばれし者しか神の国に住めないのです。

なので、神の国に住める人は選ばれし者ということになりますね。

 

なので「日本は神国である」と言うときに、日本の優越性とか正義性とかをイメージする人は、どちらかというと一神教よりの考えを持っているともいえるのです。

 

それに対して日本では、「なんか不思議ですごいものは言いも悪いも神って呼ぶわ」という本居宣長神道観でもわかる通り、神を畏むことはあれど神=絶対偉いという概念は無いのです。

そういう八百万の思想には「神国は他の国に比べて優れている」「神の国だから正義なんだ」という考え方はあまりなじまないのではないでしょうか。

 

日月神示いわく、「外国の神」も大切にすべき

日本には外国の神も神様のひとつとして、丁寧に扱い畏る思考があります。

 

神道の教えがベースとなった日月神示にも、外国の神様についての記述があります。

 

神の目には外国も大和も無いのだぞ、皆が神の国

 

神まつれと申すのぞ。外国には外国の神あると申してあろが

 

引用:『日月神示』 書記:岡本天明

 

外国には外国の信仰や神があり、日本だけに優位性があるわけではありません。

それぞれ優れている部分や足りない部分があり、それは日本にも当てはまると思っています。

 

 

我々にできることは、その土地その国の文化や精神性に優劣をつけずに認め合うことではないでしょうか。

その上で、日本を愛すること、神勅を受けた天孫の直系である皇室を抱くこの国を誇りに思うことが大切なのです。

 

それが八百万の神を祀る日本人の思考であるべきだと考えています。