神道的生活〜神道とは生きることと見つけたり

神道とは、人生を充実させることと見つけたり

昭和天皇と古代からの大御心が日本を救った!マッカーサーとの会談にて。

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1945年8月に日本は戦争で負け、事実上の占領状態になりました。

 

戦争に勝った連合国側の最初の計画として、日本を一度潰すことを考えていたそうです。

 

ドイツが西と東に分割されたように、朝鮮半島が韓国と北朝鮮に別れたように、日本も分割統治をされる可能性すらありました。

そうなると、西ドイツや北朝鮮のようにどちらかが貧困国になっていたことでしょう。

 

もちろん代々続いていた皇室も取り潰し、日本を歴史のない虚しい国にする計画もありました。

 

しかし、現在はそうなっていませんよね。

 

それは、昭和20年(1945年)9月27日に行われた「天皇マッカーサー会談」での昭和天皇の言動が日本の運命を変えたからです。

 

 

昭和天皇GHQマッカーサー元帥への直訴が日本を救う

 

1945年9月27日、昭和天皇マッカーサーに会うため、アメリカ大使館に向かいました。

 

玄関で昭和天皇を出迎えたのは、マッカーサーでなく副官二人だったと言われています。

 

この会談は終戦から1ヶ月半ほどたったタイミングで行われたものです。実はこの時にはすでに、昭和天皇を戦犯として裁判にかける議決がアメリカ議会で可決していました。

 

東京裁判の結果でもわかる通り、A級戦犯はことごとく死刑になっていました。

 

そのため、マッカーサー昭和天皇が命乞いをしに、自己弁明をするためにやってきたと思っていたそうです。

パイプをくわえ椅子に深く腰掛け、勝者の威圧的な態度で昭和天皇との会談に臨みました。

 

おきまりの国際儀礼の挨拶が済むと、昭和天皇マッカーサーにあるひとつのお願いごとをしたのです。

 

「日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟があります」

 

「しかしながら、罪なき8000万の国民が住むに家なく着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように」

 

国難が起きると自らの身を案じて国を捨てた王侯は多いのです。

彼らとは正反対の態度をとった昭和天皇に、マッカーサーは感銘を受けました。

 

後の外務大臣重光葵には「あの時は感動のあまり、陛下にキスしそうになったよHAHAHA」と話しています。

 

そして自身の方針を180度転換し、天皇助命・皇室存続のスタンスをとり、英米議会を説得していきました。

 

昭和天皇が他国の王侯と同じく助命嘆願をしていたらどうなっていたでしょうか。

国民を大御宝とお考えになった、古来よりの大御心。

昭和天皇が自身の命をかけてまで、大御宝を守ろうとしたその大御心がなければ日本の繁栄はなかったでしょう。

 

マッカーサー極東国際軍事裁判の首席判事であるジョセフ・キーナンにこう語っています。

 

天皇は、軍人や政治家に罪はなく、自分一人に罪があると考えている。だから裁判にかけても、法廷で自分一人が罰を受けることを主張するだろう。」

 

戦前の外務省が発行した『国体の本義』という本があります。そこには「天皇は国民を守り、国民は国を守る」という旨の記述があります。

 

まさしく昭和天皇は国民を守るために動き、そしてその結果として日本という国の繁栄をも守ったことになりますね。

 

 

マッカーサーの脳裏によぎったドイツ皇帝「ヴィルヘルム2世」と天皇の違い

 

多くのサイトを見ていると、ヴィヘルム2世(カイザー皇帝)と昭和天皇を対比させた文章が多く見受けられます。

 

昭和天皇の訪問の知らせを聞いたマッカーサーは第一大戦直後、占領軍としてドイツへ進駐した父に伴っていた時に敗戦国ドイツのカイゼル皇帝が占領軍の元に訪れていた事を思い出していた。

カイゼル皇帝は「戦争は国民が勝手にやったこと、自分には責任がない。従って自分の命だけは助けてほしい。」と命乞いを申し出たのだ。

 

ヴィルヘルム2世がこのような嘆願をしたという歴史的な資料は今の所確認できていません。

 

ですが、ヴィルヘルム2世がかなりの自己中心的な考えを持ち当時のドイツ帝国をかき回したことから、いわゆる愚帝と言われていたことは間違いがないようです。

 

ドイツの名宰相であるビスマルクは、ヴィルヘルム2世に「君主たるものはどれにも偏らない考えを持っていなければいけません」と諫言をしているほど。

プライドが高く、王という肩書きや立場にとらわれすぎているきらいがありました。

 

マッカーサーに関する説明文の中での、助命嘆願についての言に関しては信ぴょう性は不明ですが、「国民」に対するスタンスが皇室と違うことは言うまでもなく明確でしょう。

 

マッカーサーGHQ内で一番のジェントルマンだった

こういった記事では、「昭和天皇すげぇ」という論調がありますが、マッカーサーも頑張って日本を救うために行動をしてくれました。

 

マッカーサー昭和天皇を「日本における最上の紳士である」と評しましたが、マッカーサーGHQにおいて最上の紳士であったことは間違いないでしょう。

 

軍事系の大学を首席で卒業、その後も異例の速さで出世していく超エリートコースを歩んだマッカーサー

 

そんな彼が昭和天皇の心意気に打たれ、日本国および国民を守ってくれたことは、感謝してもし尽くせません。

 

・国民を餓死させないための食料の配備

・分割統治の否定

・皇族の軍事裁判の不起訴

・皇室存続の運動

英米議会や政治家達の説得

 

などなど、マッカーサーの功績を並べてみると頭の上がらない思いです。

 

昭和天皇の心意気に触れての方向転換という事でしたが、マッカーサー昭和天皇と同じレベルの人間性を備えていたからこそ共感ができたのでしょう。

昭和天皇が日本で最上の紳士ならば、マッカーサーも同じくGHQ内での最上の紳士であると言えるでしょう。

 

 

古代から受け継がれる「大御心」が国を守る

「神風が日本を守った」という言葉があります。

 

占領下の日本の危機を乗り越えられたのは、昭和天皇マッカーサーの他にも「神風」のおかげであるとも言えそうです。

 

「神風」とは、神の助けを意味します。

皇室は神の子孫であり、ここでいう「神」とは天照大御神をはじめとした皇室に連なる神様をイメージしてください。

 

マッカーサーは、自分の命まで投げ打ってでも国民を助けたいと願う天皇の大御心に心を打たれました。

 

国民を想う大御心は、天照大御神などの神代より続く皇室の伝統として昭和天皇にも受け継がれたものです。

 

天照大御神天孫である瓊瓊杵尊、そして代々の天皇が大切に大御心のリレーをつないでくれた。

そのリレーがあり、昭和天皇もしっかりと大御心を大切にしたからこそ、マッカーサーの政策方針の転換に繋がるのです。

 

いわば、神代から続く皇室の伝統が危機を救ったということであり、「自我」を大切にするジコチューな革命家を赦さなかった我々の歴史にも守られていたということです。