神道的生活〜神道とは生きることと見つけたり

神道とは、人生を充実させることと見つけたり

ライトワーカーは動物に感情移入して共感する!浦島太郎と花咲か爺さんのお話を紐解く。

f:id:EitaMido:20190502214736j:image

 

みなさんは動物は好きですか?

 

ライトワーカーや神人と言われている人たちには、動物を大切にするという特徴があります。

 

「あ、あたし動物好きだよ!」って言う人も多いと思いますが、それとは少し違うようなんですよね。

 

猫を見て「かわいいから好き!」というのは人が持っている普通の感情になります。

これらの感情は誰もが持つ自然の摂理であって、ライトワーカーとはあまり関係ないと思います。

 

また、動物愛護やヴィーガンな人々は動物を大切にするというよりも、自分の思想や行動、理念が大切であり先行している印象があり、これも少し違うのです。

 

それでは、ライトワーカーの「動物を大切にする」という特徴はどういったニュアンスなのでしょうか。

 

 

ライトワーカーは、目の前にいる生き物に分け隔てなく共感してしまう人

 

ライトワーカーは、目の前にいる動物を、人間と同じように分け隔てなく大切にする人をいいます。

 

もっと突っ込んで表現すると、目の前の動物や植物に感情移入や共感をしてしまうのです。

 

共感が「できる」ではなくて、共感「してしまう」んですよ。

しようと思ってする、努力してする、では無いことにご留意ください。

気がついたら共感を「してしまって」いるのです。

 

例えばライトワーカーは、鳩がカラスに虐められていたら心を痛めるでしょうし、子猫の遺体の前で親猫が鳴いていたら、猫の気持ちになって悲しんでしまうでしょう。

 

基本的に虫も殺さない人が多い気がしますね。

 

動物への深い共感性は、社会で生きる時に「変人」とみられてしまうことが多いので、普段はそういう感情を隠すライトワーカーもたくさんいます?

 

また、共感する対象はあくまでも「目の前」の動物なので、肉とかは普通に食います。

 

 

どちらにしろ、目の前の生き物は、人も動物も関係なく共感して感情移入してしまうのがライトワーカーの特徴なのです。

 

 

浦島太郎と花咲か爺さんもライトワーカー?

さて、ここで少し日本昔ばなしを。笑

 

日本昔ばなしには動物が絡むものがたくさんあります。

ここでは数多ある昔話の代表として、浦島太郎と花咲か爺さんをピックアップしました。

 

この2つは、「動物恩報型」の昔話と呼ばれている昔話です。

動物も、人間と同じように恩を持つという発想自体がライトワーカーの発想ですね。

 

 

浦島太郎は、虐められた亀に同情した

 

ご存知浦島太郎は、亀を助けて竜宮城にいくお話でしたね。

 

浦島太郎は、日本の伽話、およびその伽話内の主人公名。 一般に知られるあらすじでは、亀を助けた報恩として浦島太郎が海中に連れて行かれ、龍宮で乙姫らの饗応を受ける。帰郷しようとした浦島太郎は、「開けてはならない」と念を押されつつ玉手箱を渡される。

引用:wikipedia『浦島太郎』項より

 

浦島太郎は、ある日ヤンキーに虐められてる亀を助けます。

この行動は、目の前の亀に共感したからこそ取れる行動ですね。

 

勝手にライトワーカー認定しちゃいましょう笑

 

ここで大事なのは、

・亀をただの動物として虐める人々

・「かわいそうだ」と共感して助ける浦島太郎

の対比が描かれているということですね。 

 

浦島太郎の寓話では、「生き物を助ければいいことあるよ」ということを教訓として提示しています。

 

ここに、浦島太郎のライトワーカーの特性が際立ってくると考えています。

 

 

花咲か爺さんは、飼い犬の言うことを信じた

 

さて、次は花咲か爺さんのお話をご紹介します。

 

あらすじは長いので、wikipediaを参照してください。

花咲か爺 - Wikipedia

 

簡単に言えば、犬を大切にしてるおじいさんと自分勝手な意地悪じいさんのお話です。

ここでも動物を大切にする人と、動物をモノとしか思ってない人の対比の構造があります。

 

 

・犬を大切にするおじいさん→ここ掘れワンワンで財宝が出てくる

・意地悪じいさん→犬に土を無理やり掘らせたら、ゴミや妖怪が出てくる

 

・犬をしっかりと供養したおじいさん→犬の遺灰を撒くと桜の花が咲く

・犬の遺灰を自分の利益のために強奪したクソジジイ→撒いた灰が殿様の目に入ってしまい、テロリスト扱い

 

 

ここでは浦島太郎の物語よりもかなりわかりやすく、「生き物の命は大切にしなさい」「生き物の命を自分の利益のために使ってはいけない」という教訓が示されていますね。

 

 

 

このふたつの昔話は、仏の心・神の心を教えるためのストーリー

昔話というのは、教訓をやさしくわかりやすくストーリーにして例えたものです。

日本昔ばなしの教訓の元ネタは、仏教や神ながらの心(神道)がベースになっています。

 

 浦島太郎と花咲か爺の物語は、「生き物を大切に」という教訓を分かりやすく子供に理解させるために語り継がれてますよね。

 

この二つの昔話の共通点として、動物が人間と同じように恩を返すというポイントがあります。

これには「動物も人間と同じように生きてるんだ」というメッセージを無意識に聞き手に与える効果があります。

 

物語の教訓として「人と動物を分け隔てなく感情移入して接する」ことの大切さを説くということは、これは仏の教えであり神ながらの心であると言っても差し支えはないと考えられます。

 

神ながらの心を持つライトワーカーであれば、この動物への共感性を持っていても不思議ではないですね。

 

 

動物も人間も、根源にある感情は同じものがある

 

昔話において動物が人間のように恩を返すという事は、「動物も人間も同じもの」だというメッセージが込められてると書きました。

 

この思想の根底のひとつには、動物も人間も根源にある感情は同じだという考え方があります。

 

食肉用の豚は、殺される前に恐怖を感じて人間のように泣くと言います。

先ほどの子猫を亡くした親猫の表情は、人間の我々にも感情が理解できるほど悲しみに満ちています。

 

これは動物を飼ったことがある人であれば簡単に理解できるのではないでしょうか。

 

つまり、人間の持っている感情と動物の持つ感情は同じなのです。

人と動物の違いとは、その感情を持った後にどう行動するか、に過ぎないのです。

 

同じ感情をもつ「いのち」であるのに、頭で考えた「種族」で、他のいのちの感情の価値を線引きし、決めてしまっても良いのでしょうか。

 

ライトワーカーは、人間が勝手に決めた「種族」という価値を飛び越えて、自然と目の前のいのちに共感が出来るのです。へ