神道的生活〜神道とは生きることと見つけたり

神道とは、人生を充実させることと見つけたり

神道は宗教ではない?なぜ神道には教義・教典・教えがないのかを。

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神道は教義や教え、聖典がない」

 

これは神道を説明する際によく耳にする言葉ではないでしょうか。

 

正しく言うと、神道にもぼんやーりと教義や善とするものの方向性はあるのですが、

 

それを破ったからと言って「罰」となる事はありません。

 

仏教やアブラハムの宗教(キリスト教イスラム教)の信徒さんが戒律を破ったら、最後の審判で地獄へ送られたり、国によっては死刑になりますよね。

 

仏教・アブラハム系宗教・儒教には、

 

聖典があり、そこに教義が明文化して、神の言葉として「絶対視」され、それを破れば罪になり、何らかの罰を受ける

 

という流れがあります。

 

しかし神道では、

 

聖典はなく、何となく教え的なものがあるけど、それは人によって違ってたりするし、それを破っても嫌われるか最悪村八分になる

 

というイメージなんですね。 

 

いや、神道にも色々と頭を振り絞って考えれば教義らしきものはありますよ。

 

でも、明らかに仏教やアブラハム系宗教とは違うことは、ざっくりとお分りいただけたと思います。

 

これが「神道には教えや教義がない」ということです。

 

 

さて、なぜ神道には教義が無いのでしょうか?

 

それに答えた人が、江戸時代にいました。

 

その名も、ご存知、本居宣長

 

本日は、本居宣長の著書である『直毘霊』から、神道に教えや教典がないのかを探っていきます。

 

 

 

本居宣長が生きた時代は、神道がバカにされていた?

 

本居宣長は著書『直毘霊』の中で、日本の精神性から「神道にはなぜ教義がないのか」を説明しています。

 

本居宣長は江戸時代に活躍した国学者です。

 

江戸時代は儒教などが広まり、「教えがしっかりある儒教は、教えがない神道よりも優れている。」と神道をバカにするような風潮があった時代です。

 

そんな風潮に本居宣長は反論をしました。

 

 

厳格な教えがもてはやされるのは、社会が乱れてるからである

 

本居宣長は「なぜ神道には教えがないのか」ではなく、逆に「なぜ外国には厳格な教えがあるのか」を考えました。

 

国や社会が乱れていて住みにくいところを無理矢理に治めようとして、たくさんの人が議論をし、ああでもないこうでもないと考えを巡らせた。その中から多少ではあるが頭のいい人が現れた。

(国の風俗悪しくして、治まりがたきを、あながちに治めむとするから、世々にそのすべをさまざま思ひめぐらし、しむならいたるゆえに、しかかしこき人どももいできつるなりけり)

『直毘霊』著:本居宣長 

 

 

国が乱れ社会が乱れれば、それを治めるためにはきっちりとした教えが必要です。 

 

儒教の成立過程も乱れた社会を治めるためのものでした。

儒教の教祖的な立ち位置に孔子がいますが、この孔子は中国の春秋時代に生きた人です。

 

春秋時代は、たくさんの王侯が独立をし、互いに争い合う乱世の世。 

そんな社会が乱れる時代だからこそ、儒教のような厳格な教えが生まれました。

 

繰り返しになりますが、江戸時代には神道儒者儒教を勉強する人たち)から軽視をされていました。

 

でもそうではないのです。

 

本居宣長は、儒教キリスト教が生まれたその国やその社会こそおかしいのではないか?と、逆に疑問を突き付けます。

 

 

神道に教えがないのは、教えや道がなくても平和に治まっていたため

 

それに比べて、日本は古来より「教え」「道」に関してはそんなに特別視をしていなかったと本居は述べています。

 

葦原の瑞穂の国(日本)は古代より、道徳を規律や厳格な教えにしない国である。

外国では教えや教義を「道」などと言ってありがたがっているようだけど、日本にはそんなものは無い。日本で道と言うと、山の中の道など、人が通行する道路や通路を言うに過ぎないのである。

(あしはらの水穗の國は、ながら言擧せぬ國といへり。はたゞ物にゆく道こそ けれ。美知とは、古事記味御路と書る如く、山路野路などのに、てふ言をたるにて、たゞ物にゆく路ぞ。これをおきては、代に、道といふものはなかりしぞかし。)

直毘霊』著:本居宣長 

 

 そして、ここが『直毘霊』のハイライトなのですが、本居は日本の道について言及しています。

 

 さる言痛もなかりしかど、下が下までみだるゝことなく、下はに治まりて、天津日継いや遠長に傳はり來坐り。

直毘霊』著:本居宣長

 

「耳が痛いことやうるさい教えがなくても、平民の平民に至るまで乱れることなく、社会は穏便で安定して治まっている」と述べています。

 

そして、

 

もなきたるき道にして、は道あるが故に道てふなく、道てふことなけれど、ありしなりけり

直毘霊』著:本居宣長

「日本には大きな教えや道が根付いていて当たり前のことだからこそ、わざわざあえて「道」「教え」などと言葉にして天下に見せる必要がないのだ」

 

わざわざ「道」「教え」として人々に知らせても、「いや、別に知ってるし…何をいまさら言ってるんすかwww」となってしまい、言ったほうが恥ずかしくなってしまうパターン。

もともと日本は平和に秩序を大切にして生きてきたのだと、本居は主張しているのです。

 

そして、「日本にはこういう素晴らしい道があるのに、なぜ儒教や仏教を輸入してしまったのか。」と本居は嘆いているのです。

 

日本の平和で秩序のある社会を作り上げたのは皇室である

本居は、教えがなくても日本に安定した秩序があったのは、「神代の正しき伝説(つたえごと)」があったからだと言っています。

 

正しき伝説(つたえごと)とは、建国の理想のことです。

日本の建国は、「天壌無窮の神勅」に代表されるように、神の御心を受け継いでいるのです。

 

天津日嗣高御座は、天皇御統日嗣と申すは、 神の御心を御心として、其御業 嗣坐が故なり。又その御坐を高御坐と申すは、唯に高き由のみにあらず、神の御座なるが故なり。

直毘霊』著:本居宣長

 

「皇統を引き継ぐ者を「日嗣(ひつぎ)」と呼ぶのは、天照大御神の心を受け継いで実践しているからである。また皇位を高御座(たかみくら)と呼ぶのは、ただ地位が高いからという理由だけではないのです。天照大御神(太陽)が高いところに鎮座しているから、『高』御座ともいうのです。」

 

と言っています。

 

天照大神の心を受け継いだ日嗣である天皇

そんな天皇を日本の民衆は敬っているということは、民衆も大御心を見習っているということ。

誤解を恐れずに言えば、日本人は天皇をお手本にしており、天皇天照大御神の大御心をお手本にしているのです。

 

だからこそ日本は教えがなくても秩序だった社会を維持できていたと言っています。

 

 

神道の心は、実はとっても深いものである 

 神道の心は、実はとても奥深いものです。

 

何度も言いますが、江戸時代は神道は教義がないため軽く見られていました。

 

また別の話ですが、『武士道』を著した新渡戸稲造も「なぜあなたの国には宗教は無いのか」と外国人に尋ねられて困ったということです。

その弁明の為に『武士道』を外国で出版したのですが、外国から見ると「宗教」「教え」がないことはが非文明的で野蛮だと映っていたのでしょう。

 

しかし、本居はその風潮に対して再三反論をします。

 

大御國の説は、神代より傳へ來しまゝにして、いさゝかも人のさかしらを加へざる故に、うはべはたゞ淺々と聞ゆれども、實にはそこひもなく、人の智の得測度ぬ、深き妙なる理のこもれる

直毘霊』著:本居宣長

 

「大御心は神代の昔からそのまま変わらずに伝えてきたもので、少しも自分の利益を得るための小賢しい教えを加えていない。だからこそ、パッと見は教えは無いし浅いものだと思いますが、実は無限のもので、人知では測りえない深い深い理(ことわり)がこまっているのです」

 

と言っています。

 

さて、現代に生きる我々も耳障りのいい言葉が好きですね。

中身のない自己啓発やポジティブシンキングの書籍も本屋さんに陳列されています。

 

ですが、そういった耳障りのいい軽薄な言葉よりも、地に足が付いた「古き心」を身ならってみるのもいいかもしれません。

 

 

『直毘霊』原文の引用元

 

この記事の『直毘霊』の原文は下記サイトより引用しました。

 

www.norinaga.jp

 

ちなみに、現代語訳は私の超訳も含まれているので、ご了承ください。