神道的生活

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人生や社会をダメにする、6つの勘違い「六錯」とは?勘違い君や勘違いちゃんにならないために必見です。

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SNSなどを通じて誰もが自分の考え方を発信できる時代になりました。

発信者が多くなるということは、受け取る側から見ればその分玉石混交となるということです。

 

質の悪い情報や考え方は、「勘違い」から生じてくると考えられます。

ツイッターやインスタなどをやっている人は、イタい勘違い君や勘違いちゃんを見ることに慣れてる人も多いのでは?

 

今回はそんな勘違いについて、昭和の碩学である安岡正篤氏が説いた「人生観や考え方の勘違い」をご紹介します。

 

この勘違いは、人生のクオリティを左右するもの。みなさんも勘違いに陥っていないか、自分でチェックしてみてくださいね。

 

六錯-人生における6つの勘違い

 

奢を以て福ありと為す。詐を以て智ありと為す。貪を以て為すありと為す。怯を以て守ありと為す。争そ を以て気と為す。瞋を以て威ありと為す。

 

奢を以て福ありと為す

贅沢やお金を持つことが幸せであると勘違いしている人をさしています。

 

お金は無いよりも有った方がいいのは事実ですが、それは何ら幸福とは関係はありません。

いい服を着ても、いくら収入が良くても、それ自体は幸福とは呼べません。

稼いでる方が勝ちという社会的な価値観も影響していると思いますが、結局は金があっても無くても生きていくのはその人自身です。

お金が人生を歩むのでは無く、あなた自身が歩んでいくのです。

結局は個人の修身も必要ということですね。

 

 

詐を以て智ありと為す

うまく人を騙して、自分は賢い・できる奴だと勘違いしてはいけないと説いています。

 

真の智慧者は、人と比べるものではなく、実践とその結果に見ることができるのです。

 

 

貪を以て為すありと為す

貪欲さやガツガツした気持ちを持ってる人が、出来る人だと勘違いしてはいけないということです。

 

「働き者のバカが一番困る」と言われますが、働き者のバカと呼ばれる人に多いのは自分の利益や見栄を原動力にして動いてる自己中心的な性格の人です。

また、意識高い「系」と呼ばれる人たちも当てはまるでしょう。

 

一見、バリバリ行動している人は仕事が出来そうだと思われがちですが、その人の内面や動機を見抜きたいものですね。

 

 

怯を以て守ありと為す

怯えてリスクをとらずに何もしないことが、しっかりしているという勘違いです。

 

人生は挑戦の連続です。困難にぶつかって人は成長していくものです。

ですが、得るためのリスクを捨てて、諦観している人には成長は望めません。

 

もちろん考え無しの蛮勇は人生を棒にふる可能性があるので避けたいですが、失敗や拒絶を恐れずにチャレンジし続けたいものです。

 

 

争そ を以て気と為す

喧嘩をすることやイキることが勇気があってカッコいいと勘違いしている人がいるとのことです。

 

つい最近、駅構内で女性や子供にわざとぶつかり因縁を付ける男性がユーチューブにアップされ、話題となりました。

新宿駅で女性とぶつかり稽古する奴を見たことありますか? - YouTube

 

また電車内や盛り場などで、簡単に因縁をつけてくるサラリーマンも増えています。

加えて、相手が何もしないとタカをくくって暴言を吐く女性も珍しくありません。

 

こういった勘違いをしてる男性・女性は、相手が自分より強ければすぐに尻尾を巻いて逃げていきます。

こんなカッコ悪い人にはなりたく無いものですね。

 

 

瞋を以て威ありと為す

怒っている自分は偉いと勘違いをしている人を指摘しています。

正確には、怒っている自分が周りから受け入れられているのは偉いからだと勘違いしているのです。

 

その怒りが見知らぬ人であれば迷惑行為ですし、部下ならパワハラにあたります。

 

感情的で理不尽な怒りは、自分の評価を確実に下げていくことを知らなければなりません。

 

 

どんどん増えていく勘違い

安岡正篤氏が紹介した6つの勘違いは以上になります。

 

ですが、様々な価値観が現れる現在では、六錯では足りないかもしれません。

 

・ヤリチンヤリマンがカッコいい

・可愛いは正義

・有名な人は偉い

 

など、新たな勘違いが生まれて続けています。

周りの価値観に流されず、今一度自分自身を深く見つめなおし、イタイ人にならないようにしましょう。

 

 

こういった勘違いが増えるとどうなるか?→生きにくい世の中になります

 

こうした勘違い君や勘違いちゃん達は、その誤った考えを諭されないというのが怖いところ。

自分が勘違いをしている事自体に気がつく機会が無いのですから。

 

そうなると、勘違い君や勘違いちゃんが世の中に増えてきます。

そうなると、勘違いがスタンダードな常識になってくるのです。

 

現代社会は自由を正義としていますが、その一方で人と同じかそれ以上で無ければいけないという同調圧力が強い時代でもあります。

 

勘違い君や勘違いちゃんの考え方が多数派を占め、スタンダードな常識になるとどうなるでしょうか?

六錯に当てはめて考えてみました。

 

・金持ちで無ければならず、常に見栄を張っていなければいけない

・人を騙して出しぬく事が当然となり、常に警戒をしなければならない

・欲望にガツガツし続けなければならない

・言い訳や他の人の目を気にして、何もできない社会になる

・常に争いが巻き起こり、力が正義の世紀末社会になる

・つねにみんなピリピリしていて、些細なミスでも怒るようになる

 

こんな社会は誰だってイヤですよね。

本来ならば幸せを掴むはずの自由主義教育が、まさか逆の結果を生み出しているのは皮肉以外の何者でもありません。

 

そんなディストピアな世界にするのも、この社会を生きるひとりひとりにかかっているのではないでしょうか。