神道的生活

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「ラ・ラ・ランド」の結末が納得いかないあなたに〜モテない男性がしがちなミス

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※ネタバレあり

 

第89回アカデミー賞にて、史上最多14部門にノミネートされ、6部門を受賞した話題作『ラ・ラ・ランド』を見ました。

 

アカデミー賞を受賞した映画で、この映画ほど評価が分かれる作品は珍しいのでは無いでしょうか。

 

このお話は、エマ・ストーン演じるミアと、ライアン・ゴズリング演じるセブ(セバスチャン)のラブストーリー。

 

売れない女優のミアと売れないジャズピアニストのセブは、お互いに惹かれ合うところから物語は始まります。

 

二人が付き合ってからしばらくすると、セブのバンドが売れ始め、アメリカ全土を飛び回るようになる。

また、ミアも女優としてパリでの大きな仕事が入る。

 

アメリカとパリ。

会うこともままならない二人。

 

二人は「一緒にいたい」という思いがあるのだが、それぞれの夢のために距離を置くことを決意。

 

そして5年後、ミアは女優として成功し、セブは夢であったジャズバーを成功させる。

 

別の男性と結婚したミアは、旦那とふらっとバーに入ると、そこはセブのジャズバーだった。

 

目が合う二人。

ミアの隣の男性に気付くセブ。

そこでセブはミアとの思い出の歌を演奏します。

 

 

ここで物語は終わるのですが。。。

 

 

▼見終わってすぐの感想は、納得いかない!だった

 

 

ミアが身勝手すぎる。

 

セブと付き合う前も男がいたのですが、彼氏との食事を途中でブッチして→セブと浮気。

セブと浮気してキスしてたとき、なんか宇宙飛んでた。

 

そして距離を置くことを決意した時に「ずっと愛してる」って言ったにもかかわらず、2・3年後に別の男と子供作ってるし!

 

で、旦那と行ったバーでセブに会って、思い出の曲を聴いての彼女(とセブ)の回想の要約。

 

「あぁ、旦那じゃなくてあなたとの子供が欲しかった。いま隣にいるのが旦那じゃなくて、あなただったら良かったのに!」

 

結局、男は誰も幸せになってないじゃんかよ笑

 

と思って、グーグルで調べてみると、

 

ララランド    ミア  ひどい

ララランド   ミア   ビッチ

ララランド  意味がわからない

 

と予測検索が。

 

 

また、批判的な内容のコメントや批評がかなり多かったのです。

 

 

モテない男がするパターンを、セブがやらかした

 

ですがもう一度思い返してみると、ミアがセブを捨てて他の男に行った理由も分かるのです。

 

転機となったのは、ミアがオーディションに受かって、お互いに別々の道を進もうと決めるシーン。

 

ミア「どうする?これからの私たちのこと。」

 

セブ「今は君にとって重要な時期だ。女優業に専念したほうがいい」

 

ミア「愛してるわ」

 

セブ「その後の二人の関係はなるようになるさ。」

 

はい!ここ!!!

セブやらかした!!

 

 

セブがね、カッコつけたんですわ。

俺は君の邪魔になりたくない、だって俺も夢追い人だから、って。

 

多分セブはタカをくくっていたんだと思うんですね。

ここで一旦距離をおいても、ミアは戻ってくるだろうと。

分かってくれるだろうと。

自分勝手で独りよがりな信頼というか。

 

 

おそらくミアが望んでた事は、

 

「結婚しよう」

 

という前提での、今後の二人の話。

 

つまり、「これからどうするの?私たちの話よ。」というミアの問いかけは↓

 

「あたしあなたの言う通りに頑張って結果出したの!」

 

「成功したあなたにやっと並ぶことが出来たわ!(作中では「大人になる」という表現が使われていました)」

 

「ねぇ、だからあたしたち一緒になれるでしょ?ずっと一緒にいれるよね?」

 

「これから二人それぞれ夢を追って忙しくなる中で、どうやって愛を紡いでいくか相談しよう」

 

↑こういう意味だったのですが、セブは何をカッコつけたんか、「なるようになるよ」だって。

 

 

バカ。

 

 

模範解答は、「結婚しよ!会えなくても2日に一回はスカイプな♪」とかで良かったわけで。

 

 

女はいくら愛していても、将来が曖昧な男には愛想をつかすもの。

私の周りにも、彼氏は好きだけど、将来どう考えてるか分からないから婚活してるわ!って女性がたくさんいます。

 

 

モテない男やチャンスを逃す男は、ここぞという時に図々しくなれない男なのです。

図々しくなるという事は責任を負うという事。

つまり、リスクを負うという事から綺麗ごとを言って逃げているだけなのですね。

 

カッコつけたふりをして、逃げているだけ。

この場合は自分の考えに陶酔してるので、逃げてることにすら気づかない。

 

そうやってチャンスを掴めないんですわ。

 

本当に欲しいものがあれば、全てを投げ出して、リスクを負って、何としてでも手に入れるべき。

 

他人に獲られてからピアノで思い出を語ってる場合じゃないよ、ほんとに。

 

 

お互いに擦り寄らない身勝手な二人の悲劇

 

この作品はロマンス型のラブストーリーと言われていますが、実は悲劇にカテゴライズ作品だと感じています。

 

インスタ映えするような鮮やかな映像と、ミュージカル調の綺麗な踊りと音楽で、ぱっと見キラキラしたロマンスぽいですけどね。

 

その悲劇の源は、ミアとセブがお互いに自己中心的で身勝手なところ。

「夢を追っている」を建前にして、お互いに歩み寄らなかった所です。

 

価値観を擦り合わせるシーンは、120分あるうちゼロだったしね。

 

愛に必要不可欠なものは、価値観を擦り合わせ、お互いに歩み寄っていくこと。

キャッチボールをしながら距離を詰めていくこと。

 

ですがこの二人にはそれがありません。

自分の価値観を相手にぶつけていただけなのです。

二人が付き合ったのも、お互いにボールをぶつけ合ってじゃれていただけに見えるのです。

寂しさや、フィーリングが合って楽しかったという、いわば「色恋」にすぎないと感じてしまいました。

 

最後のシーンでミアは、セブの演奏した思い出の歌を聴いてセブへの気持ちを思い出します。 

 

そして二人は後悔と共に妄想するのです。

その妄想は、二人が一緒になれたらというifの未来。

 

もし二人が夢を追わずに、歩み寄れていたら本当の幸せを手に入れられていたんじゃないか。

 

そんな後悔と共に、二人が別れてEND。

 

 

 

 

▼この物語は、誰も幸せになってない

 

物語の序盤の、元彼とのディナーをブッチしてセブの元に駆けつけましたね。

それはセブの演奏していた曲がレストランで流れたからです。

その曲を聴いて、ミアは元彼からセブに乗り換えたのでしたね。

 

最後のシーンでも、セブの演奏を聴いてミアは心を動かされました。

ですが、旦那も子供もいる身。

家族が足枷になって、自分の気持ちのままに行動できない。

 

旦那も子供もいて、仕事も成功しているように見えるミアですが、セブへの気持ちに気づいてからは、今の自分の境遇が重荷に感じてしまうことでしょう。

 

自分の夢であるジャズバーを成功させたセブも同じです。

結局は自分の欲しいものを手に入れていません。

 

 

▼ララランドのメッセージとは?

 

ララランドとは、「白昼夢」という意味です。

現実ではなく、ふわふわした楽しい妄想の世界というニュアンスです。

 

ミアとセブは、作中で一貫してこの「ララランド」を追い求めています。

 

最初は自分の夢という「ララランド」を。

 

その夢が現実のものとなってからは、二人一緒に過ごす世界という「ララランド」を。

 

 

この作品の監督を務めたデイミアン・チャゼルは、「ハリウッドのリアルを描いた」とインタビューに答えています。

 

自分の居心地の良い「ララランド」を追い求め、成功しても現実の何かを犠牲にしなければいけないという事。

 

ミアとセブが結婚したとしても、夢を実現したかったという「ララランド」を追い求めていた事だと思います。

  

そんな人間の悲しい性を描いた悲劇が、ラ・ラ・ランドという作品だと受け止めざるを得ませんでした。

 

 

この作品はラブロマンスものという先入観を持ってしまうと、この作品に批判的な感想を持ってしまうかもしれませんね。