神道的生活

神道とは、人生を充実させることと見つけたり

ウヨクとサヨクと森有礼

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数年前にインターネット上で流行った言葉に、
「右も左もあるものか 僕らが見るのは常に上」
という言葉がありました。

右翼も左翼も国をよくする為には関係ない。
常にいい国づくりを目指していこう!
というような意味で使われていたように思います。


ですが今はかなり状勢が変わってきました。


右翼も左翼も、国のことを考えずに自己中心的な感じがします。
つまり、自分の利益や欲望や感情を満たすために国家や政治をダシにしているのです。

 

幕末から明治維新にかけての時期に、森 有礼(もり ありのり)という方がいました。
彼の主張を簡単にまとめると
日本語を排除して、英語を公用語にしよう
というものです。

例えば今でいうと文部科学大臣あたりが  英語を公用化に なんて言ったら、
ネットから「この売国奴め!」「このサヨクめ!」とぶち叩かれますよね笑

ですが、こんな一見売国論を振りかざしているような人でも、
しっかりと日本のことを考えていたのです。
彼は日本が嫌いだからとか自分中心の理由でこんなことを言っているのではないのですね。

当時の日本が生き残る為には、英語化をして外国とやりあうしかないのではないか。

と真剣に考えていたのだと感じます。


私は英語公用化には反対です。
言語の公用化は奴隷化と同じですから・・・。


ですが、考えて出した答えはバカバカしいものであっても、
彼の発想の原点や根幹、理由に関してはさすがと言わざるを得ません。

日本の為を思い、子々孫々の為を思い、どうすればいいのかと考え抜いた末の提案でした。
その気持ちは、例えどんな提案であろうとも、社会の発展に少しは寄与するものではないでしょうか。


さて、話を現代のウヨクとサヨクに戻してみましょう。

平和主義や反戦、外国人に対する過度な人権擁護などを唱えている方々。
彼らは日本の事は考えていませんよね。
個人の性格的部分から来ているか、仲のいい人がやっているからとか、理念の響きが良いからとか
まぁそんな理由でやっている方が多いと思います。
ひどい人だと、自分の境遇が悪いので日本を逆恨みしている人も多いとのことです。

逆に愛国論を唱えている方々。
彼らも国を自分に投影して、某アジアの国がどうのこうのとか言ってみたりね。

最近はウヨク的主張がウケるからと言って、無理やりそういう体制になっている人もいますよね。
森友学園籠池泰典氏のような方です。
元々は愛国系団体であるはずの「日本会議」出身なのですが、
状勢が不利になると保身のために売国系の団体に寝返りましたよね。
自分に軸があるのなら、保身などせずに堂々と主張されたらいい。
ビジネスウヨクの典型だと思います。


現代のウヨクもサヨクも、つまりはその主張の原点がどこにあるのか。
自己中心的な、自我肥大の穴埋めでウヨクサヨクをやっている人もかなりの割合でいる事が見受けられます。


本当に社会の為国の為になる主張は、どんな原点から生まれるものなのでしょうか。
本来であるならば、家族や大切な仲間、またはその子供たちへの愛情、または若しくは故郷への愛着が根本になければいけません。
そういった愛情や故郷愛と一般常識があれば、自ずと国や社会の大切さが分かってくると思います。

神道でいう弥栄=みんなで一緒に発展しようという考え方ですね。
大切な人たちや子々孫々の弥栄の為に、人間成長の基盤であり、経済活動の基盤であり、安息の基盤である国や社会を守っていこうと。

そういう感情に知識が付いていくときに愛国心になるのだと思います。


自我肥大を満したり自己利益の為のウヨクサヨクでは永遠に社会は発展しません。
自分の為ではなく、大切な周りの人の幸せを考え行動するところから始めていってほしいものです。