神道的生活

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ADHDの人は感謝をしない!についての考察

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ADHD発達障害について話題になることが多いですね。

にちゃんやTwitterをはじめとして、様々な書籍でも言及されています。

 

ADHDの方の特徴の一つとして、人に感謝をしないという特徴があげられることがあります。

 

 

これは自分の実感に過ぎませんが、ADHDの方は感謝を表さない人が多いと感じています。

 

こちらが何かをしても、「いや、いいです」「あ、あざーす…」程度の反応しか返ってこない時がほとんどです。

男性の職場ならいざしらず、共感や感情の繋がりを重視する女性の職場で働くのは危険とも言えそうですね。

 

これは、ADHDの人の表現力が乏しくて感謝をしていないということではありません。

逆にADHDの人は感情を豊かに表す人が多かったと感じています。

 

キャリアコンサルタントをしていた時に、何名かADHDを持っているクライアントを担当したことがあります。

その時に感じたことは、彼らは他人からの支援は求めてないのではないか、ということです。

 

正確にいうと、

・通常レベル、当たり前レベルの事は一人でやりたい

・本当に困った時は助けが欲しい

という考えを持っているとの事です。

 

つまり少しのお節介が、ありがた迷惑になる可能性あるのです。

 

これからはもう少しADHDの方の思考について深掘りをしていきましょう。

 

 

ADHDの人の思考

 

 

ケース1:人の好意は、自分を縛るもの

 

ここでいう「縛る」とは3つの意味があります。

 

①行動に介入されることによって縛られていると感じる

 

ADHDの人が一番嫌う事は、自分に介入される事です。

一つのことにしか集中できないというADHDの特徴から、他人という不確実な存在は、自分の集中を逸らすものであると考えているのです。

 

人から好意を貰うということは、他人が自分に介入してくる事に他なりません。

その介入が自分の予定や計画に影響を与えるそとを、自分のやりたいように出来なかったと感じます。

その不自由さを束縛と捉えるのです。

 

②人間関係のしがらみを束縛と感じる

 

そして、人からの好意とは人間関係を深くしていきます。

人間関係が深くなればしがらみが生じてきます。

こっちの味方だからこういう発言をしなければいけない、友達だから一緒に居なきゃいけない…

 

ADHDの人は、人間関係を理由にした「しなければいけない」も自分の行動や考えを縛るものとして嫌う傾向にあります。

 

③受身の行為は自分に選択権がなく、行動が縛られる

 

ADHDの人は行動的です。衝動的とも言えます。

 

人から何かをして貰うということは、行動的な性質と真逆なのです。

それはいわば受身の行為です。

自分に選択権は残されていません。 

そして他人になにかをされた状態から、自分の行動を選択しなければならないのです。

それを縛られてると感じるのです。

 

逆にADHDの人はとても献身的に人に好意を与えます。

なぜなら、与えるという行為は自分を縛る要素がないからです。

与えることは、自分に選択権があります。

ADHDの人がいい人と言われる所以もここにあります。

 

 

ケース2:その好意を返さなくてはいけないという恐怖

 

社会心理学者のロバートチャルディーニ博士は『影響力の武器』の中で、返報性の原理を提唱しました。

人は何かを貰ったら、何かを返したくなる、という原則です。

 

ADHDの人は、この原則に忠実すぎると感じたことがあります。

人に何かをしたら、何かを返さなくてはいけない。

ケース1であげたように、恩返しに縛られる事も嫌います。

しかし深刻化するともっと酷いことになります。

 

人に何かをしたら、何かを返さなくてはいけない。でももし返さなかったら…、恩返しをしたつもりが満足してもらえなかったり仇で返してしまったら…

という、強迫観念にも似た恐怖が付きまとい、心が重くなるのです。

 

その不安がモロにでてしまうため、あんまり喜んでないように見えてしまうのです。

 

 

ケース3:他人様からの好意なんてもったいない

 

これは自分のことを卑下しているのではありません。

クソみたいな自分なんかが好意を受けるのはもったいない、という意味ではないのです。

 

ADHDの人は、普通のことや当たり前の事、日常を当たり前だと感じています。

そんな当たり前の事は自分でできる。

他人の助けが必要なのは、本当に困った時だけだ!と思っています。

 

これは人の好意に対する捉え方の違いがあると感じました。

 

多くの人は、ささいな好意を人間関係構築に使うと思います。

小さなギブアンドテイクを積み重ねて、絆を深めていくのです。

そのためのいわばツールとして、好意を特別なものと考えずに使っています。

 

ですがADHDの人は、好意は特別なものと考えています。

他人様がわざわざしてくれる事は、特別な事なのです。

それを、「日常の当たり前に自分でできることに使って貰うなんて勿体無い!!ピンチの時にとっておいてよ〜!」と思ってしまうのです。

 

だからとても気が引けているのです。

 

 

 

最後に

 

世の中には、とても沢山の人がいます。

背景も考え方も十人十色です。

たとえ自分の好意がADHDの人に届かなくても、それはあなたを疎んでいるからではありません。

彼らの流儀があるのです。

 

だから、そこで見放さないであげてください。

好意を与えるのを辞めないでください。

「嬉しいは嬉しいよ!」っていう人がおおいのです。

 

そしてADHDの人は、好意を与えてくれた相手が困っていたら、120%の力で助けようとしてくれます。

 

そういった見返りを求めるのはいけませんが、これまでと変わらずに暖かな気持ちで小さな好意を渡し続けてください。