神道的生活

神道とは、人生を充実させることと見つけたり

万葉集に学ぶ、大切な人を亡くした時の考え方、乗り切り方

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私ごとです。

自分にとって妹のような存在が亡くなり、今月でちょうど1年になりました。

亡くなった時はとても悲しく、今でも時々夢にでてきます。

なかなか吹っ切れないもんですね。

 

ここでは、古代の日本人の先輩方はどうやって折り合いをつけていったのか、ある和歌を通じて見ていきたいと思います。

 

 

山吹の 立ちよそひたる 山清水 汲みに行かめど  道の知らなくに

高市皇子 (万葉集・158)

 

この歌の意味は、

 

あなたを追って黄泉の国に行きたいけど、行き方がわからないのです。あなたのいる場所は、山吹が咲いた水辺のように安らかで心地よい場所なのでしょう。そんな素晴らしい場所に行きたいのですが、水を汲みにいくようには簡単に死ぬことはできませんでした。

 

ということです。

 

これは高市皇子が、別腹の妹を亡くした時に詠んだ歌です。

この歌には3つの意味があります。

 

・亡くなった人が行く世界は安らかな場所であると祈っている

・この世とあの世を明らかに認識することで、未練を断ち切る

・今は会えないけど、またいつか会える時がくる!

 

 そして、この3点が高市皇子が大切な人の死を乗り越える方法だったのです。

 

 

亡くなった人が行く世界は穏やかなものであるようにと祈る

 

 

黄色い山吹の花が、岩から湧き出る水たまりに映っている場所。

黄色い泉で  黄泉=あの世  を表現しています。

水たまりに黄色い花が映るということはそこはお日様があたってキラキラ反射しているのでしょう。

山吹は春のお花。

気持ちがいい小春日和をイメージすることができます。

 

つまりここの部分では、黄泉=気持ちのいい安らかな場所  であるように祈る気持ちが伝わってきますね。

 

大切な人が行く世界が安らかなものであるように、と祈ることは世の常です。

そして高市皇子は、その黄泉の国が安らかなものであると和歌に描写することで、自分に言い聞かせたのです。

 

 

その人と自分とは違う世界にいる事実を認識することで、前向きに生きること

 

しかし、お日様が心地よく当たる安らかな世界に、この世に残された自分は行くことはできないのです。

しかもその場所には、愛する人が待っているというのに。

やはり人はこの世に生きている限り未練もあるでしょうし、自分を傷つけるのは怖いのです。

 

自分がいるこの世。

大切なあの人がいるあの世。

そしてそこを繋ぐ道は見つけることができないと和歌に詠んだとき、当たり前の事実をやっと高市皇子は認識し、受け入れることができたのでしょう。

あの世とこの世はどうあがいてもつなぐことはできず、会いたい人には会えないという事を。

 

また当時の伝説として、ある泉の水を飲むと死者が生き返るという伝説もありました。

そういう背景もあり、泉に行く事を諦めたということは、もう愛する人への未練を捨てたのです。

 

高市皇子は、死んだ人と住む世界が違うこと、そしてもう生きている間は会えないことを悟りました。

 

愛する人は安寧の地で平穏とともに生きている。

生きている自分は、この世でもう少し頑張ってみよう。

黄泉につながる道=あなたに会う未練 を諦め、前向きにこの世で自分のできることをやろうという決意が読み取れます。

別々の道を歩んでいこう、という爽やかな決心です。

 

 

また会える時がくる!と思い込むこと

 

あの世とこの世、別々の世界に住んでいて会えない二人。

しかし、その二人が会える時がやって来るのです。

 

それは、高市皇子が黄泉への道の行き方を発見した時です。

道がわからないということは、道が分かればそこに行けるということです。

 

そして高市皇子は、その瞬間は必ず来ると確信してこの句を読んでいます。

人は誰でも死を迎えるのですね。

 

その時は二人で、小春日和の湧き水が湧いているその場所で穏やかな時を過ごせる。

そういった、いわば前祝い的な希望に溢れた想いも隠れています。

 

また会えれば、寂しくないもんね!

 

 

まとめ

 

高市皇子は、大切な人を亡くしました。

しかし、彼は和歌を通じて神様に祈りました。

 

あの人と安らかな黄泉の国で会うまで、私はこの世で前向きに、別々の世界で頑張ります。

だから神様、あの人がどうか黄泉の国で、私はこの世で穏やかに過ごせるように見守ってください。

そしていつの日か、また会えますように…

 

大切な人が亡くなった悲しみは、消えることはありません。

だから、祈って、前を向いて行動して、また祈って…

の繰り返しの中で未練を消して、この世でその人の安寧だけを想うことが一番の近道だと、高市皇子という先輩は教えてくれてるのかもしれません。