神道的生活

神道とは、人生を充実させることと見つけたり

地獄ってどこにあるの?地獄のある場所とは?黄泉の国との関連は?

今の日本では、人間は死んだら地獄か天国・極楽に行くと信じられていますが、昔の日本人はどう考えていたのでしょうか。

 

古代の日本には地獄という考え方はありませんでした。

古事記』や『日本書記』では、死んだ人は地獄ではなく、黄泉比良坂を通って黄泉の国に行っています。

ちなみに黄泉の国には軍隊がいて、遊び半分で行くと追いかけられます。

 

地獄という概念が出来たのは、仏教が流入してからです。

ですが、日本古来の黄泉の国の考え方と矛盾する思考ではありません。

地獄は黄泉の国のほんの一面を描いたものに過ぎません。

 

言い換えれば、地獄=黄泉の国ということになります。

逆に天国=黄泉の国とも言えます。

黄泉の国には形がありません。

固定された物質的な形がない世界です。

黄泉の国とは、自分の魂がそのまま反映される場になります。

なのでこの世界のように、物質などがもともと用意されている場所では無いのです。

例えば、悪い因子をもつ魂が黄泉の国と言われる所に入るとします。

そしてその悪い魂は、黄泉の国を地獄と感じます。

つまり、ある魂には極楽のような世界にうつり、別の魂には地獄絵図のような世界にうつるのが黄泉の国です。

 

古事記』『日本書記』では、死んだ奥さんを追いかけて黄泉の国に行った旦那さんの話があります。

旦那さんは黄泉の国に着いて、奥さんと対面することができました。

ですが、奥さんの姿はゾンビorモンスターのようになってしまっていたのです。

「汚い姿を見られた」という乙女な理由で、奥さんは軍隊を引き連れて旦那を殺そうと追いかけ回します。

旦那は危機一髪、逃げ切ることができたというお話です。

 

ここで思いますのは、旦那さんが見た光景は、黄泉の国という場で彼の魂が作り出した世界だということです。

彼の魂は、奥さんへの未練や執着、寂しい気持ち、死んだことへの怒りなどでドロドロに汚れていたと想像できます。

その彼の魂を反映して、彼の魂は地獄絵図のような世界を見て、体験した。

ちなみに、彼は本当は奥さんには会っていません。奥さんの魂は奥さんの魂で、別の世界を感じていることでしょう。

地獄絵図を見ている旦那の魂の隣で、奥さんは自分の魂の反映された世界でコーヒーをすすっているかもしれません。

それぞれの魂がそれぞれの独立した世界を展開して、経験する。それが黄泉の国なのです。

 

さて、タイトルに戻ります。

地獄は何処にあるのか?

それは自分の魂=自分の心の中にあるのですね。

よく、地獄は現世を反映している!と言う人がいます。

その人の心待ちによって現世が地獄になると。

でもそんなチャチなもんではありません。

本番は死んでからです。

確かに、現世や物質界にも自分の魂や波動は反映されます。

ですが、現世は肉体があるので、快楽や気晴らしなどで苦痛を誤魔化すことができます。

死んで魂だけになった時には、ごまかしがない分、もっと痛烈に、直接的に魂の状態が反映されます。

なので生きているうちに、善行を働かないといけませんね。

 

 

黄泉の国を語るには色々と説明しなければならないのですが、今回は簡潔にざっくりと書きました。

またの記事にて詳細を書いていきます。